スカベンジャーの標本部屋

本業は看護師ですが、趣味で動物骨格標本を作成しています。

あめかまり

 タイトルの『あめかまり』という言葉、ご存知ですか?
 これは、あめる(腐る、傷む)+かまり(匂い)、つまり『(食品の)腐った匂い』を意味する岩手県の方言です。
使用例「あぃや、このまんまあめかめりしてらじゃ。はぁかれねぇな」
訳:(あれ、このご飯傷んだ匂いしてるよ。もう食べられないね)

 ということで、今回は骨格標本作成とは切っても切れない腐れ縁の『匂い』の話をしたいと思います。

f:id:scavengerns:20210702055231j:plain
「あめかまり」を発し始めたハクビシン

 骨格標本作成経験のある方なら、死臭・腐敗臭は体感済みでしょう。
 「公衆便所の裏の匂い」「ザリガニが死んだ水槽を放置した匂い」「腐った玉ねぎの匂い」など、人により表現は様々です。

 そもそも、死臭(腐敗臭含む)とは何なのか。
 
 動物が亡くなると、自身の細胞や消化器官から分泌される蛋白質分解酵素の働き(自己融解)と、体内に存在する微生物群の働き(腐敗)により、有機成分が分解されていきます。
 蛋白質は分解されアミノ酸となり、アンモニアなどの代謝産物になります。
 この過程で様々な悪臭成分が発生し死臭として知覚されるそうです(死臭の詳しい成分については割愛します)。
 これは動物の種類、餌、遺体の環境など種々の要因により割合も異なるため、匂いにも個体差があります。

 では、動物は死後どのくらいから死臭を発するのでしょうか?
 その答えは、「わかりません」
 なんて言うと随分無責任な回答と思われるかもしれませんが。
 死臭の割合に個体差があるように、遺体の状態や環境により自己融解、腐敗の程度や速度にも差が生じます。分かりやすい例だと、今のような暑い時期では、死後半日ですでにあめかまりがすることもありますし、逆に氷点下となる真冬では死後数日たっても匂いが弱いこともあります。

 参考までに、経時的な遺体の匂いの変化に関する私の体験談を一つ。
 ある夏、車中泊で一泊の青森県一周旅に出掛けました。当時は日産マーチだったので、かなり狭かったです。
 朝3時頃に出発し、30分程でアナグマの遺体を発見し回収(頭部挫滅、死後硬直なし)。いつも通り45㍑のゴミ袋に入れて口もしっかり縛る。
 この時点では回収時にアナグマの獣臭と僅かに血の匂いがした程度。 
 そのままアナグマの遺体と青森ドライブ。
 夜に寝ようとしたあたりから、微かに甘いような、不思議な匂いがし始める。
「ちょっと美味しそうなんだけど、食欲をそそる訳でもなく。不快というほどでもないけど、良い匂いでもない。動物性の出汁に甘味を足したような匂い?」というような表現し難い匂い。
 この時点でおそらく蛋白質アミノ酸に分解されてきた頃だったのでしょう。アミノ酸には旨味成分も含まれるので、腐敗の手前の段階では「臭い」というより「匂い」のレベル。
 翌朝、アミノ酸の匂いに僅かな腐敗臭が加わり、一応我慢できる程度の不快さを感じる。
 日中もドライブを継続、途中遺体の探索や買い物のため何度か車を降りるが、再び車に乗る度に腐敗臭が鼻をつく。
 夕方には明らかな不快感をもたらす腐敗臭にランクアップし、袋も膨らんでいる。
 帰宅し袋を開けると一斉に襲い掛かる悪臭。慣れていない人では近寄ることもできないレベル。遺体の腹部にはガスが溜まって膨隆していた。

 このように、暑い時期、車&袋の密閉環境という条件下では、死後約1日でビニール袋を介しても知覚できる腐敗臭を発生することがわかります。
 腐敗臭は簡単には消すことができません。個人的な感覚として、腐敗臭を一番紛らわせてくれたのは『ガソリンや工業用のオイルの匂い』でした。ガソリンスタンドへ寄った際や、工場地帯を通った時に油の匂いが車内に入ってくると腐敗臭の不快感が和らいだと感じました(注:個人の感想です)。
 自然が生み出す匂いを機械的な匂いが相殺するというのも皮肉な話ですね。

 次に、臭いはどこまで届くのか。
 骨格標本の作り方でもお話しましたが、私は腐敗やウジ虫による除肉をメインにしているので、作成現場はかなりの臭いがします。
 臭いの強さは動物の大きさ、死後日数、気温、周辺環境などに左右されます。キツネ一頭を腐敗させている状況では、風向きによっては20㍍以上離れた場所でも明らかな腐敗臭を感知できるので、住宅密集地で腐敗による骨格標本作成を試みる人はご近所に通報される覚悟が必要です。

 肉がほとんど分解されれば当然匂いも弱まってきて、完全に分解されると匂いはなくなります。
 
 ・・・というわけにも行きません。
 特に容器を用いて水中で腐敗させていた場合、除肉が済んでも骨にアンモニア臭が染み込んでいることがあります。その他、関節を残すため軟組織を残していたり、脂質が骨中に残っていたりすると完成後もアンモニアや腐敗臭が残り、部屋中が臭くなってしまうこともあります。
 その時はきれいな水にしばらく浸ける、アルコールや重曹水、トイレ用消臭剤に浸けるなどの手段をとっています。いずれも効果の差を確かめたことはありませんが、「やらないよりはまし」な程度には効果はあると思います。
 
 腐敗臭を出さずに骨格標本を作るなら、蛋白質分解酵素を使う、茹でる、土に埋める、広い池で腐敗させる。などの方法が効果的だと考えます。


 というわけで、骨格標本にまつわるあめかまりのお話でした。
 この話が誰にとってどんなメリットがあるかわかりませんが、死臭・腐敗臭との付き合い方や戦い方を知っておくのも悪くないでしょう。

 それでは、また。