スカベンジャーの標本部屋

本業は看護師ですが、趣味で動物骨格標本を作成しています。

野生の匂い

 前回は遺体の放つ『不快な匂い』のお話をしましたが、今回は動物そのものの匂いについて。
 匂いをどのように感じるか、どう表現するかは個人差も大きいので、あくまでも「私はこう感じている」という解説であることを前提としてお読みください。

 動物の匂いって実は種によって違いがあるので、慣れてくると匂いで何の動物かも予測できる場合があります。
 但し、前回お話した通り、遺体は時間経過と共に匂いが変化していきますので、種の特徴的な匂いを知るには鮮度の良い遺体を入手する必要があります。また、新鮮であっても遺体の損傷の状態によっては血液、体液、吐物、排泄物、消化管内容物などの匂いが混じったり、雨や泥などの生体由来ではない物質の匂いが混じったりすることがあり、匂いの感じ方に影響を及ぼします。加えて、1個体の匂いだけを知っても、それがその種に共通する匂いであるとは限らないので複数の個体から確認しなければなりません。
 つまり、動物種ごとの特徴的な匂いを知るためには、鮮度の良い遺体を入手し、匂いを嗅ぎ、影響する因子や相違点を除外する作業を複数回繰り返した上で、共通点を見出だしていかなければならず、個人の活動でここまで確認するには限界があります。
 そこで、今回は私ができる範囲で上記の条件をクリアできた「タヌキ」「キツネ」「アナグマ」「テン」「ハクビシン」「ネコ」「ニホンジカ」の7種に絞ってお話を進めていきます。

①タヌキ
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 匂いはやや臭め。「小汚いペットショップの匂いに野生味を足した感じ」とでも言いましょうか。嗅げば「タヌキだな」と分かる匂いです。
 肉は寒い時期だと皮下脂肪を溜め込むためか、脂臭さが鼻につきます。食欲をそそる匂いではないです。

②キツネ
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 匂いは「臭いというほどではないが…」という感じ。イヌ科で見た目もイヌに近いからという訳ではないですが、匂いもイヌに近いと思います。「屋外飼育のイヌが山に逃げて数日後に帰ってきた」ような匂いです。
 肉はあまり強い匂いはせず、特徴はさほどないように感じます。

アナグマ
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 穴堀り名人なので体臭にも土臭さが混じっており、独特の獣臭さと合わさってアナグマらしさを主張します。「不快なわけじゃないけど、獣臭が鼻を刺激する」という感じ。
 肉は特に匂いがしません。

④テン
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 純粋な肉食動物なので臭いイメージがありますが、それに反して匂いは僅かで獣臭さはあまり感じません。むしろ肉はいい匂いです。私は日本の野生動物の中で一番美味しそうな匂いだと感じます。この匂いも表現しづらいですが、「上品なお肉の匂いに仄かにボタニカルさが含まれている」気がします。

ハクビシン
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 ジャコウネコ科なので独特の匂いがするのかと思いきや、ほぼ無臭。肉も特徴的な匂いはほとんどなく、豚肉や牛肉より臭みがありません。なので新鮮な遺体の解剖は精神的に楽。果実を主な食料としているから?
 ジビエの中で最も旨いと言われる所以は、獣臭さの無さによるものかもしれませんね。

⑥ネコ
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 体は一般的な飼いネコの匂いを想像してもらえるといいです。しかし、肉は臭い。ツンと鼻を突く化学的なタイプの匂いです。体の匂いとは違うし、タヌキともベクトルは異なり、ひどい悪臭というわけではないけど、嗅ぎたい匂いではなく、食欲もそそられません(心理的影響もあるでしょうが)。
 独特すぎて私には例えが浮かびませんでした。
 餌による違いかとも思いましたが、個体差が少なかったので、ネコの特徴なのだと思います。

ニホンジカ
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 獣臭は獣臭なんだけど、草食動物らしく草の匂いが混じっています。私には臭いという感覚ではないですが、苦手な人はいるでしょう。
 「博物館の剥製のコーナー+家具屋+干し草」の匂い?一番見た目のイメージに合った匂いかもしれません。
 肉は「まさにジビエ」といった感じで、「鉄分豊富な肉の匂いに獣臭さを纏わせた」ような匂いです。塊で出されたら躊躇するけど、調理すればいけそうと思えるレベル。

 以上。
 語彙と経験の少なさ故にうまく表現できませんね。結局、動物の匂いは何かに例えるようなものではなく、「知りたければ嗅いでみよう」と答えるのが一番だとわかりました。
 これらの動物は動物園に行けば会えますが、飼育場では色んな匂いが凝縮&混合されていて、本来の匂いとは異なる場合がありますのでご注意を。

 匂いの違いを知ったところで何の得にも役にも立たないかもしれません。しかし、『匂い』は標本や写真にして残すことができない情報です。それらを知覚し識別できるのは、実際に遺体と向き合う者の貴重な特権だと思います。(だからこそ、それを知らない人にも伝える力も求められるのでしょうが、私には力不足でした)
 目に見える情報だけでその種を理解することはできません。遺体を五感で理解しようとすることこそ、動物への敬意ある態度であると言えるのではないでしょうか。

 それでは、また。