スカベンジャーの標本部屋

本業は看護師ですが、趣味で動物骨格標本を作成しています。

信仰と生物学

 盛岡市の近くの町にある某お稲荷様。地域の方にも大切にされ、初詣はとても賑わいます。
 ロードキル探索でよく通るルート上にあるのでその名は知っていましたが、立ち寄ったことはありませんでした。そもそも信仰心が全くないので、神社やお寺には動物を探しに行くことはあってもお参りしようなんて考えたこともなかったのです。
 しかし、妻は毎年家族でこのお稲荷様に初詣でに行っていたというので、結婚してからは妻に従い夫婦二人で初詣することになりました。

 そこで私が見たものは。
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 本殿(というのかな?)の正面に立つ小さな祠的なやつ。
 隣には説明の立札があります。
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 なんと、キツネのミイラを祀っているという。
 中を覗いてみると、頭を右側にして横になった真っ白な動物の乾燥遺体。口は大きく開き、四肢は真っ直ぐ伸びています。

 そして思いました。「これネコだ!」
 ミイラ化しているためか体毛はほとんど無く、顔もはっきりとは見えませんが、頭骨に比して大きな眼窩、短い鼻先、細く鋭い犬歯、丸みがあって鋭い爪など、ネコの特徴が各所に見られ、どう見てもキツネではありませんでした。

 ここで言いたいのは、ネコのミイラをキツネと言って祀ることを非難することではありません。
 倒れた御神木から正体不明の遺体が出てきて、「お稲荷様の眷属であるキツネではないか?」と考えるに至った経緯は容易に想像できます。もしかしたら、当時でも「あれネコじゃね?」と思ったり、指摘したりした人もいたかもしれません。
 それでも今日に至るまでこうして祀られていることこそが、人々の信仰心の賜物だと思うのです。
 生物学的には、ネコの標本をキツネとして提示したら大問題です。しかし、信仰の場面においては、科学的根拠よりも人々の心の拠り所として存在していることにこそ意義があるのだと思います。

 先述した通り、私は信仰心を持ちませんが、だからといって否定もしません。むしろ人々が動物を信仰の対象とするに至った経緯を調べたり推察したりすることが楽しいと思っているので、このようなケースを知る機会を与えてくれた妻には感謝しています。
 毎年初詣に行くたびにネコの顔を覗き、ほくそ笑んで帰るのです。

 本当は中の写真も撮りたかったのですが、格子の幅が狭くて中が見えにくく、ガラス張りで反射してしまい、さらに賽銭箱が邪魔で近付けず、写真は諦めました。いつか撮れるチャンスがあったら掲載しようかな。
 
 それでは、また。

*おまけ
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本殿脇の奥、誰も来ないような隅っこにひっそり佇む祠。 
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こっそりとキツネの剥製が祀られています。
 こういう日陰スポットを発見できた時のワクワク感がたまりませんね。