スカベンジャーの標本部屋

本業は看護師ですが、趣味で動物骨格標本を作成しています。

短頭犬の頭

 今日は先日載せたおじいちゃんキツネが屍蝋だらけなので、酸素系漂白剤で煮込み中。脂がめっちゃ浮いてきています。
 煮込んでも屍蝋が取れる訳ではないですが、柔らかくなるのでブラシでも取れやすくなる気がします(個人の感想)。

 さて、タイトルの通り今回は短頭犬種についてお話したいと思います。
 イヌは沢山の「犬種」が知られていますが、生物学的には全て同一の「種」であることは皆さんもご存知でしょう。しかし、犬種によって外見や性質は大きく異なるため、頭骨にも様々な差異が見られます。 
 中でも所謂『鼻ぺちゃ』のイヌは短頭犬種と呼ばれ、本来よりも吻や頭蓋が短くなるように人為的に作られてきました。吻や頭蓋が短く丸く、頭に対する目の比率が大きいことで、赤ちゃんに似た見た目となるため、人に「可愛い」という感情を抱かせ、愛玩犬として人気を得てきました。
 その反面、イヌとして本来持っていた形質的特徴を無理矢理変えられたことによる弊害も現れてきます。 

シェパード(比較用)
f:id:scavengerns:20210827090458j:plain
 
1・ペキニーズ
f:id:scavengerns:20210814124458j:plain
上面
f:id:scavengerns:20210814124531j:plain
上顎下面
f:id:scavengerns:20210814125429j:plain
上顎下面
f:id:scavengerns:20210814124636j:plain
左斜め前
f:id:scavengerns:20210814124810j:plain
下顎
f:id:scavengerns:20210814125022j:plain
頭頂
f:id:scavengerns:20210814125150j:plain
吻端

 オークションサイトで業者から出品されていた頭骨です。
 ペキニーズも鼻ぺちゃのイメージは強いですが、骨を見ると意外に吻は突出しているように見えます。でも、シェパードに比べると短いですね。
 よく見ると鼻筋が曲がっていますし、頭頂部も皺が寄っています。
 元々は長く作られるはずの頭部が意図的に短くなるようにされたために、歪みが生じてしまったのでしょう。つまり、長い物に前後から力を加えると曲がってしまうのと同じ現象が、ペキニーズの頭骨にも起こっているということです。

 横から見ると下顎が上顎より前に出てアンダーバイトの状態です。そして上顎の歯を見てみると第三前臼歯が横になっています。さらに下顎も左右で歯の数が違いますね。
 吻が短くなっても歯は本来の数で生えようとしますが、吻が短いため歯の生えるスペースが足りず、前後の歯に挟まれた第三前臼歯が横になってしまっているのです。下顎は横になれる幅もないので数を減らすしかありません。それでも上顎より短くなることができず、アンダーバイトになってしまいます。
 上下の歯は数も位置も異常となっているので、当然噛み合わせは悪く、食事がしづらかったり、唾液が垂れたり、口腔疾患に罹りやすかったり、顎関節に障害を抱えたりとペキニーズに苦痛をもたらす結果を招きかねません。
 

2・パグ
f:id:scavengerns:20210814132145j:plain
上面
f:id:scavengerns:20210814132219j:plain
左斜め前
f:id:scavengerns:20210814132300j:plain
下面
f:id:scavengerns:20210827151004j:plain
正面

 こちらもオークションサイトから、個人の出品物です。詳しくは書かれていませんでしたが、拾い物のようで下顎や門歯の一部はありません。
 犬種不明とのことでしたが、芝田英行著『イヌの頭蓋骨図鑑』で比較した結果、パグの頭骨であると判明しました。
 大きさの割りに骨は厚く頑丈な感触です。

 パグはペキニーズよりさらに吻が短く、真ん丸い顔をしており、頭骨も真ん丸です。
 下顎はありませんが、この写真だけでもペキニーズに見られた短頭犬の特徴がより顕著に現れていることがわかります。鼻腔の空間が極端に狭くなっているので、嗅覚も弱いでしょう。
 一般的なイヌの場合、左右の側頭筋は頭頂部まで伸びて外矢状陵を隔てて付着していますが、パグは外矢状陵自体が存在せず、側頭筋は側頭骨の三分の二程度までしかないので、噛む力も弱いことがわかります。

 短頭犬や小型犬はより小さく、鼻が短くなるように作られてきました。それでも遺伝子はイヌ本来の知能を下げたくないので、脳の大きさはこれ以上小さくすることができず、頭蓋に囲まれた脳は発達と圧迫の狭間で行き詰まっている状態にあります。故に、頭骨の極小化は歯や鼻だけでなく、様々な悪影響をイヌに与えることになります。
 体は小さくなっても頭はそれに合わせて小さくなれないので、産道を通れず難産になったり、帝王切開を必要としたりもします。

 と、これだけ言っといてなんですが、別に「短頭犬を飼うのをやめよう」と言うつもりはありません。
 今さら繁殖を止めることはできないし、彼らを救う術もありませんから。生まれてきた子たちにとって苦痛が少なく、幸せな生涯を送れるよう飼い主は短頭犬の特徴と飼い方をよく理解し、愛情を持って飼育して欲しいと思います。

 それでは、また。